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■長期休暇の目的(2002年) 本来の目的は、55歳を過ぎても社外で通用するスキルを身に付けるためには今後どうすべきかを考えなさいというのが教育目的である。簡単に言ってしまえば将来リストラされた時に、就職口を自分自身で切り開けるようになりなさいということである。ただこれが第一目的であることには間違いないが、二番目の目的として老後の生活をどのように過ごすのかを考えてもいい事になっている。 私としては主に後者をしっかり考えて計画することにした。当然1ヶ月で結論が出るわけはなく方向性だけはしっかり立てたいと考えている。その前に長男が中学校、次男が小学校そして三男が幼稚園を卒業・卒園するので家族旅行を楽しみたいと考え、長男の希望を最優先して「本物の越前カニをたらふく食うぞ〜!ツアー」をするために福井県越前町まで足を運んだ。美味しかったし、お腹一杯となり大満足です。 昨年一杯は腰痛に悩まされつづけ、これは運動不足が原因であることは明白である。そこで腰痛対策としてサイクリングと公園でのダッシュ・ジョギングを次に実行に移した。少しずつ良くなってきているような気がするが最後まで続けることが出来るだろうか?気がつくと10日が過ぎてしまったことになる。休みはあと20日しかない。さて真剣に頭脳を働かせる時がやってきた。 休みの最後に新潟県に住んでいる兄貴に会いに行ってきた。兄弟とはいえなかなか会う機会がなかったからだ。何年ぶりかの再会後「お互いふけたなぁ〜(笑)」人間、年には勝てない!産婦人科の医者をしている兄貴に会いに行くと過去の経験で言うと、必ずお産が入って出勤になってしまうが今回も出産が入ってしまったのでどこにも行けなかった。医者はサラリーマンよりも時間の制約は多いしリスクも大きいから大変だと思う。医者の年収は高いとも言われるが兄貴を見ていると安すぎると感じる。 ■ライフプラン(2002年) 我が家はどうも短命家系のようである。父親が53歳、母親が50歳で亡くなった。そして現在の私は46歳。余命は7年以内かもしれない。60歳で定年を迎えてから余生を送ることは不可能かもしれないと考えると、今の会社勤めをどこかで決着しなくてはならないと思う。6年先は長男は就職しているだろうし次男も高校卒業、チビだけが小学校卒業だがその先は何とか蓄えでやっていけるだろう・・・と思いたい。従って遅くとも52歳までには実行に移そうと考えている。 ■両親への感謝(2006年) 今から考えると、両親の収入から考えれば、大学に行かせてもらえたことを感謝しなければならない。息子たちがその年齢になり、費用の大きさを考えるようになったから改めて深く考えたのかも知れない。確かに昔は国立大学であれば安かったと一般論では言えるが、親元を離れアパート代、食費、学費を考えると決して国立大学といえども安くはなかった。約28年前で1ヶ月10万円以上はかかっていたと思う。 今になって気づいたことに対し両親へ謝らなくてはいけない。今まではある意味大学に行かせてくれてありがとうといった漠然とした感謝にしか過ぎなかった。会社で重要な責務を任されるようになった時に、もし自分が大学を卒業していなければどうだったのだろうか?という疑問が最近はついて回る。高校卒業後に入社された方の中にも優秀な人材は数多くいる。単に経済環境が許されるか否かだけの問題なのかも知れない。そう考えると自分の存在意義をまず考え、次に自分自身のレベルアップを常に考えなければと、今更遅いのかもしれないが考えざるを得ない。 残りの会社人生はあと10年。現在携わっている業務である、交通事故撲滅に向け自分の力を最大限発揮しなければならないと思う。5年後(2011年)を楽しみにしていてください。C_RAN_E個人としてやらなければならないことを実行します。 現在、2006年8月号の「計測と制御」の特集の解説を執筆中です。交通事故撲滅に向かって微力ながら貢献できることを祈りつつ、今回はここまで(^^) ■入社30年を迎えて想うこと(2008年5月30日) 4月1日で会社生活満30年を迎えた。同時に定年まであと8年を切った計算となる。様々な仕事の思い出があるが、最近感じるところを書きとめてみたい。 我が社は総合部品メーカとは言っているが、納入先との共同開発で新製品を送り出すという基本的な構図である。最近は環境・安全に重点を置いてはいるものの、自社の開発ポリシーを感じることは少ない。納入先の顔をうかがい「共同開発体制に持っていくこと」が仕事であると勘違いしている上級管理職が多い。何故自社でほぼ開発完了したものを納入先に紹介できないのか、このあたりが会社に対する一番の不満である。 私自身3年前に、現在開発中のテーマを年下の上司からテーマそのものをつぶされかけた経験を持つ。その理由は何と「そんなこと技術的に出来るわけはない。あなた馬鹿じゃない?」まぁここまで露骨に言われたわけではないが、カチンときたことを鮮明に覚えている。全社の開発テーマを仕切っている友人が事業部だと潰されちゃうから全社開発部隊で開発を続けられるように裏で動いてくれた。その友人には感謝したい。第58回 自動車技術会賞 論文賞を平成20年5月22日に受賞したが、友人がいなければ存在しなかった賞である。事業部では短期間でものに出来るテーマばかりを選択する。これは仕方ない一面もあるが、技術的なポテンシャルを見抜けない体質には抗議したい気持ちが強くある。その時の上司は今でも成果を挙げていないのではないだろうか?この年下の上司がもしも役員になったとしたら、我が社の技術部門は終わりだね。 当時異動先の上司から「自由にやって良い」と言われたのでテーマを継続して研究した。全社開発部隊の開発ツールは充実していたので簡単に実車で機能を確認することが出来たし、雑用なども一切ない。100%研究に没頭できる素晴らしい環境だった。それがゆえに8時間みっちり頭を酷使すると体が持たない。ただこれが良かった。3年前の種まきが徐々に芽が出てきて、ついに蕾にまでなった。残されているのは花を咲かせることである。定年までの8年間しか残されていない。 本日、本年度の給与明細が渡された。ここ数年全く数字は変わっていない。今年は期待したが昨年と全く同じだった。これはちょっとショックだった。この3年間でようやく成果が出たと自分自身で確信していた。将来への種まきも出来たと思っていたのにも関わらず前年度の水準に据え置き。これは上司の判断というより人事部のルールなんだろうとあきらめざるを得ない。年齢制限で給与を全く上げない人事のやり方に憤りを感じる。52歳を過ぎたらお払い箱なのかと問いたいなぁ。 今までは仕事をしない役職者と同じにはならないぞとは思っていたが、この仕打ちに耐えられるだろうか?成果を出さない人間と同じ行動をとってやるぞと言いたいが、大人気ないか(笑) どこかの会社から引き抜きがこないかな〜 自分自身としての責務をあと8年でこなした暁には、釣りをはじめとした自由な時間を楽しもうっと。 ■ぼやき(2003年) 最近は各社の人事制度も改革され年功序列制度を打破してきた。ただこの改革が必ずしも企業にとってプラスではないと思っている。若い人が登用されることは素晴らしい事ではあるが、そこには落とし穴が待ち受けている。問題なのは、若手の登用が進むがゆえに高齢者(ここでは50歳以上と定義)の仕事に対する情熱が少なくなってきていることである。色々な人を見ているが、50台までtopで昇進してきたのに役員目前で脱落した人の精神的落ち込みは大きい。これはどの段階でも起きている。部長、次長、課長・・・。 各段階でのレースに負けた人はその後には元気がなくなる。特に上位職制レースで負けた人ほど後遺症が大きい。年功序列制度時代は役職年齢が逆転することはほとんどなかったが、最近では当たり前のように存在している。危険なのは若い人が出世することに快感を覚えていても所詮ごくわずかな人間しか存在しないということである。そして各段階でtop昇進者が次々と脱落していく。最後まで元気なのは役員候補者だけである。レースに負ける年齢が全般的に下がってきていることも、今の企業の高齢者の就労意欲をそいでいると思う。役職定年は55歳だがまだまだ十分やれる年齢である。しかし言われた仕事しかしない人が多くなってきている。定年までは保守的に自分を守ろうとする人が多くなったためであろう。はっきり言って人材の無駄遣い。自分だけはそうなりたくないと考えているが果たしてどうなのか? わが社でも「係長」「課長」への昇格条件に英語のTOEIC点数が○○○点以上となった。人事部の考えていることは理解できない。世間で良く言われるグローバル化・・・確かに全世界へ生産拠点を増やしているから英語は必要ということは理解できるが、開発の拠点はあくまでも日本であり海外では情報収集や生産など限られた職種である。将来管理職が全て英語が出来たとして実際に行う実務でどれだけ英語を必要とするのだろうか?技術部門を例に取れば、管理職の1-2割程度できれば英語に絡んだ業務は十分にこなせるはずだ。 技術屋の中にはどうしても英語にアレルギーを持っている人間はいる。私も含めてだけど。しかし英語の論文が読めないかというと辞書を使えば理解可能だ。最近は優秀な翻訳ソフトも出来ている。なのにTOEIC点数を昇格条件にするのは人事部のミスだと個人的に思う。まぁ人事部の人間は文系なので英語は得意なんだろうけど。なぜこんな事を書くかといえば、仕事遂行上英語を必要としない優秀な技術者がTOEICの点数のみで昇格を見送られたとすれば本人のやる気に相当影響すると思う。人事評価をする場合、定量化が行われていれば簡単だからこんな仕組みを作る。人事はもっと優秀な人材のパワーを引き出す施策を考えて欲しい。わが社の人事制度はどんどん悪くなっているし近い将来に破綻をきたすような気がしている。人事を担当する人間は一度「内側から見た富士通」成果主義の崩壊(城 繁幸)でも読んでみたら? ■自給自足(2002年) 家内の実家はお米や野菜を作っているので、手伝いをすれば分けてもらえそうである。今は何もしなくてもいただいているが、近くに住むことになればそうもいかないだろう。子供たちの労力をつぎ込むのも一手ではある〜(^^; 運動不足から来る腰痛で農作業が出来るかという疑問も残るが逆に運動効果で腰痛がなくなるという期待も持てる。一度やってみないと何ともいえないところ。 しかし農業に関して無知な私だから、義父・義母が高齢になる前にノウハウをデジタルデータとして残す必要がある。今後時間をかけて行っていこうと思う。 ■釣り三昧(2002年) 現役を引退した時に一番やりたいことは釣り三昧である。家内の実家は瀬戸内海に近いので出来れば24フィートクラスのボートを持ちたいものである。このクラスならば、乗用車一台と値段は変らない。しかしランニングコストをどうするかが課題である。係留するだけなのに年間数十万円も取られる今の制度は絶対におかしいと思う。 瀬戸内海は現在所有している4級の免許でどこでも行けるのが魅力である。ポイントさえ掴めれば夕食用の食材は確保可能である。また家族とともにクルージングも楽しめる。子供たちが同行するかどうかは疑問ではあるが・・・しかし船上で釣れたての魚で一杯というのを一度やってみたい。気心知れた仲間たちと船上パーティーもおつなものである。 ■DO camping(2002年) やはり現金収入が必要なので、何らかの仕事をしなくてはならないが、会社勤めをしなくても過ごせるかどうかデイトレードにチャレンジしてみたが、これだけではダメ〜!約1ヶ月の成績は税込み手数料込みで35万ちょっと。回数にして20数回の取引。元手が少ないから仕方ないところもあるけどね。あと何年かは株式売買に関する猛勉強をするつもりだ。 株は平日のみだから、土日と祭日に現金収入を考えると、題目のお店を開いてみようかなとも思います。 このネーミングは掲示板にアメリカのネットサーファーが書き込んだタイトル「do camping?」からヒントを得て、ダッチオーブンの略称である「DO」を用いお客様の家族全員の力で調理するという意味合いのお店を持てたらいいなぁと・・・私が準備するのは、場所提供とDO提供そして食材提供だけでありシェフは父親である。父親が作ったということで最高の味になるはずだし、家族全員が協力して作った料理は絶対に美味しいはず。 愛知県であれば庭でバーベキューとか楽しむことは出来るが都会のマンション暮らしではそれもままならない。またキャンプを楽しむには抵抗のある奥様もいるだろう。今までの経験から父親が調理出来ることは子供たちから見ると多少尊敬に値するようである。もちろん味も求められるが、過程が大事である。昨年の3月にシカゴの友人宅を訪れた時に、テラスでチキンの丸焼きを作ってくれた。さすがに外は寒く食べる時は部屋で食したが最高の気分だった。ただし、裏をかえせば家内の実家周辺は愛知県よりはるかに庭が広いからこの考えは計画倒れになるかもね。 店のコンセプトは以下の通りです。 ○営業:土日と祭日および企業の長期連休(平日は休み) ○予約:完全予約制で午前3時間で4組限定、午後3時間で4組限定 ○メニュー:DO料理「初級コース」「中級コース」「上級コース」 ・初級コース:ローストチキン、ピザ、パンなど ・中級コース:ローストビーフなど ・上級コース:未定 ○服装:汚れてもいい服装が原則 ○調理場:屋根付き屋外 ○食堂:ログハウス内 ○食材:生産農家直送(肉・野菜・米)オーナー提供の鮮魚(予約不可^^;) ○調理指導:オーナーもしくは達人
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